【玉せせり1月3日
(筥崎宮・東区=県無形民俗文化財、姪浜住吉神社・西区姪浜)
博多の正月を彩る勇壮な神事。直径30m野木の玉をしめ込み姿の青年達が奪い合う。
【十日恵比寿1月8日〜11日
(十日恵比寿神社・博多区東公園)
 「商売繁盛ササ(笹)持って来い」の呼び声で知られる商都・博多の正月恒例行事。初えびす、宵えびす、本えびす、残りえびすと11日まで4日間、飲食業や漁業に携わる人の参詣も多いので、夜昼別なく境内は大にぎわいする。呼び物は福引。今年こそ景気回復、「大当たりーっ」といきたいものだ。
【節分2月3日
 昔、博多では節分に”お化け”が出た。といっても、足のあるお化け。芸妓衆などが仮装して街を練り歩き、人々を大いにわかせた。
【御田祭3月7日
(住吉神社・博多区住吉)
 祈年祭ともいい、境内の苗床に神宮がを籾まき五穀豊穣を祈念する。
【曲水の宴3月第一日曜日
(太宰府天満宮・太宰府市)
 平安貴族の遊びで打合い符政庁華やかなころ催された。昭和38年復活。
【ぎなん祭3月12日
(櫛田神社・博多区上川端町)
 “櫛田のぎなん(銀杏)”と博多祝いにも歌われる博多一の古木。樹齢1200年、県天然記念物。毎年この日は氏子が集まって長寿を祈願。
【潮干祭4月3日
(住吉神社・博多区住吉)
 航海の平安、豊漁、船舶の安全を祈願する祭。
【博多どんたく港まつり5月3日・4日
 博多どんたくの起原は博多松ばやし。ずっと以前は松ばやしの華ともいえる稚児の舞やお囃子は、甘木の能役者、梅津金佐衛門に頼んでいた。ところが毎年、接待でもめ、当番町の悩みの種。そこで正徳4年(1714)当時の奉行、船曳与左衛門の命でいっさいが博多の者だけで運営されるようになったという。
【博多座大歌舞伎 船乗り込み5月29日
 博多川の環境美化と博多座開場を記念して平成11年5月29日より新しい風物詩として誕生し現在に至る。
【博多祇園山笠7月1日〜15日
 博多の夏を彩る山笠も明治維新からしばらくは受難の時代だった。明治新政府はそれまでの各地の祭りなどを旧時代の因習だとして禁止。福岡県でも明治5年11月、正月松ばやしや山笠を禁じる通達を出している。同8年に博多人の熱意に負けて許可を出したが、翌年から禁止。同16年になってやっと許された。
【飢人地蔵供養祭8月23・24日
(博多区中洲2丁目)
 飢人地蔵は享保17年(1732)の大飢饉の餓死者を祭った地蔵尊。中州の博多川畔にあり、今も対岸の上川端の人達が供養を続けている。
【大浜流れ灌頂8月23・24日
(博多区大博町、神屋町)
 水施餓鬼ともいい、博多の夏祭りの最後を飾る祭り。宝暦6年(1756)、前年の博多湾を襲った大嵐の遭難者の供養で始まったといわれる。今も旧大浜の各町内が回り持ちで続けており、多くの夜店でにぎわう。パレードもあり、平成7年のユニバーシアード以来交流の続くブラジルの留学生のサンバが見もの。
【早穂祭9月4日
(住吉神社・博多区住吉)
 実をつけはじめた稲穂を神前に供え豊穣を祈願する祭。
【筥崎宮放生会9月12日〜18日
(筥崎宮・東区箱崎)
 延喜19年(919)というから、筥崎宮が嘉穂郡大分町の大分八幡宮から、現在地に勧請される前から行われていたことになる。元々、放生会は仏教の殺生を戒める教えに基づいて行われる供養の行事でお宮に残っているのは奈良時代から明治の始めまで続いた神仏混淆の名残り。神仏分離以来”仲秋祭”と呼び名も変わったが放生会の方が通りがいい。
【博多おくんち9月23日〜24日
(櫛田神社・博多区上川端町)
 神社の秋季大祭だが商店街なども協賛、福岡市全体の祭になっている。
【謝恩中洲まつり10月4日・5日
(博多区中洲)
 昭和51年に始まって、大好評の「國廣女衆みこし」やミス中洲コンテスト、はしご酒、ステージショーなどが中洲の夜を華やかに盛り上げる。
【例大祭10月12日〜14日
(博多区住吉)
 神功皇后が相撲を奉納したという故事から”相撲会祭”ともいわれる。
【歩射祭11月7日
(住吉神社・博多区住吉)
 勅使が疫病退散のため歩赦した故事にならい、天地2本の矢を射る。
【誓文払い11月16日〜20日
 誓文晴れ(ばれ)。福博最大の商いイベント。江戸時代、京都の遊女や商人が客をだました罪を払うため旧暦10月20日、京都四条通りの官者殿に参ったのが起源。後に罪ほろぼしと店頭で安売りなどをした。博多では明治12年(1879)八尋利兵衛が福博27店の呉服商に呼びかけ、共同で宣伝し盛んになった。
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